だが、現在から未来を見ますと、健康と介護の分野の重要性が高まってくると思われます。しかしこれらの分野の研究は、これまで遅れ気味でした。例えば薬の効果に関する試験法とデータ解析技法と、健康食品の効果に関する試験法とデータ解析技法を比較すれば、専門家の関与や経費面で大きな違いがあります。
そこでこの会では、医療データ解析では実践を、健康科学においては計測やデータ解析技法の研究を、介護ではデータ収集と利用を、動物試験ではヒトとの関連を、それぞれ重視した活動を行う予定です。
(1)臨床医学データの収集と解析
これは、臨床医学で遭遇するあらゆる種類のデータを収集し、解析する技法、すなわち理論やソフトウエアの研究、開発、実践に関わる情報交換、教育と学習、人的交流を支援する活動です。ここでは、ゲノム解読データの活用や、生体の状態と外的な介在への反応(応答)を計測する装置から得られた多様なデータの解析、解釈、判断、評価などに関わる情報計算技法(理論とソフトウエア)の研究開発、さらに計測装置と情報ます。こうした技法を整備して、実践に役立てようとする試みの原型は、1970年代から東京都臨床医学総合研究所で展開された実験的な(アスクレピウス)プロジェクトでした(http://join-ica.org/ica/partners/asclepius.html)。
こうした技法の多くは、すでによく知られていますが、それらを実践に生かす環境づくりは、遅れていますから、そこにイノベーションの機会があると言えます。
(2)健康に関わるデータの収集と解析
ヒトの健康状態の計測や、健康の維持や疾病予防のために実施されるさまざまな外的介在法の効果を評価するためのデータの収集と解析に関わる研究開発に協力します。ここで外的な介在Interventionとは、例えば、食事Diet、健康食品やサプリメント、ハーブHerb、各種の薬用植物、運動、体操、睡眠、呼吸法、瞑想法、その他各種の健康や疾患予防のための、多岐にわたる介在法Interventionを意味します。それらは、病の治療を目的として処方される薬とは違った介在法です。
いわゆる根拠に基づいた医療EBM(Evidence-Based Medicine)への関心が高まるのと呼応して、健康食品などの効能の評価も、EBMの精神の基づいて行うべきだという議論が広がり、実験法や評価尺度の選択、データ解析技法にも関心が高まっています。しかし、これらの介在法は、現代医薬のような単一の化合物に依存していないので、科学的な視点では、一般に、薬の評価より複雑な問題となります。その意味では、まだ、これからの課題です。
(3)介護領域でのデータの収集と解析
ここでいう介護とは、健康状態への回復が難しい状態で、他人の助けが必要なヒトへの対処を意味します。医療サービスの中核施設である病院は、いわゆる急性期の医療に焦点を合しています。ところが、現在の日本では、約80パーセントの人が、その病院で最後を迎えています。それ故、これらの患者でない患者群を、病院から自宅や自立援助施設にどう移したらよいかが、社会的に大きな課題になっています。このような介護対象者の健康(身体)状態の計測と評価、とくに脳の状態と不可分の精神機能の計測、解析、判定は、非常に重要な問題になってきています。さらにこうした人を対象にした対処法や介在法の効果の客観的な判定も、難しい問題です。ここでは、実践と結びついた研究がとくに必要とされており、満たされていない社会的な需要Unmet Social Needsの例になっています。
(4)実験動物、ペット、モデル生物におけるデータ収集と解析
現代科学は、実験に根拠を置いていますが、ヒトによる実験には大きな制約があります。そこで医学や薬学や毒性学やそれらの関連領域では、その代替として動物試験が行われています。しかし動物試験が許される条件は、厳しくなっており、より簡便な生物系での試験法が求められています。また、医学は生物医学と称されるように、生物学と不可分の関係にあり、医学データの収集と解析の技法は、生物データの収集と解析の技法と、ほとんど区別がありません。しかし後者についてはすでに多くの研究会や学会が存在しているので、この会としては、そうした組織と重ならないような活動だけを関心の対象とします。
(5)人に関わるその他の課題
ヒトの健康状態を動物試験から類推することは、よく行われていることですが、そのような方法ではしらべにくい課題もあります。ヒトの場合は、感情や価値観が健康状態や介在法の効果に影響を及ぼす可能性があるからです。例えば、美容の効果、欲求の充足(満足や不満足)、気分(落ち込み、高揚)、好き嫌い、惑溺Addiction(依存症)、好奇心、知性など、動物実験では知見が得にくい領域が沢山あります。例えば、肥満と食欲や美食嗜好、がんと喫煙など、脳の働き関係した介在法の評価には難しいことが多くあります。一方で、fMRI(Functional MRI)などの計測技術は、進歩していますから、こうした分野の研究もこれから活発になってゆくことが予想されます。
(6)共通の情報計算技法
上記の(1)-(5)は、どこからデータを収集したらよいがで、区別されています。これに対して、それぞれの領域における計測装置やデータの収集や蓄積の技術、データ解析技法などは、かなりの共通性があります。例えば、生物医学系のデータ解析には、Rというソフトウエアが広く使われています。この会では、個別的な知識の集積よりは、できるだけ共通性のある理論、解析技法、ソフトウエアなどについての知識や情報を交換することを重視します。
また、データ収集に関しては、身体に装着したWearable生体計測装置のデータを無線で広域(インターネット)に伝送する技術が急速に普及しており、新しい健康医療機器の分野が浮上してきています。こうした進歩は、かつて一般の人からは隔離された存在だった「大型計算機」が、今や誰もが使える卓上や携帯可能なPCやSmart Phoneに進化したように、現在は病院に置かれている高額の検査装置が家庭や持ち歩ける用品Commodityとなりうることを示唆しています。こうした装置は、Wearable/Wireless Biometrix、略してWW Biometrixと呼べるでしょう。この会では、WW Biomtrixの応用に関心をもっています。
(7)実践活動と職の創出支援
この会の大きな特徴は、上記(1)-(5)のような領域で活躍できるデータ収集、データ解析の専門家が実践に参加する機会をつくることと、彼らが働ける職をつくり出すことに協力したいと考えていることです。現在のところ、こうした専門家は、生物医学の研究グループの助っ人的な存在として働いている例が多いようです。しかし、それではこれらの専門家が本当に力を発揮することはできません。この会では、こうした専門家の多くが、医学研究者や医療関係者とEqual Partnershipの関係を築きながら活動できる仕組みや環境を整備することに尽力したいと考えています。